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無駄を考える

先日社長と話していて事業仕訳の話になった。

まぁ鳴り物入りで始めた事業仕訳ではあるけれど、蓋を開けてみたら思ったほどコストの削減は出来ず(というか、我が国のお台所事情がそれほどまでに悪かったって事を政権をとる今まで知らなかったって事に物凄い不安を覚えたのですが。。。)、ぐだぐだな状態、そして重箱の隅をつつくようなやり取りが終始くりかえされて終わったようでした。

事業仕訳と言う作業自体は、「不要な無駄」をなくすという点において大いに賛成出来るし、なぜいままでそれが行われていなかったのかとすら思います。

特に中長期的な事業などにおいて、世の中の変化を見越して立てた計画であっても、思った通りに世の中が動く訳でなく、計画を推し進める過程において、不要になったり大きく変更をする必要があったりと根本的なところから見直す必要もあるでしょう。

そのため、既に承認され実行されている計画であっても、どこかで今回の事業仕訳のように第三者が客観的に判断するという事は非常に良いように思えたからです。

しかし今回の作業の目的が、この「無駄」な部分の予算を削ったり取り上げたりすることで国家の財源を確保しようとていることについて、「無駄」を無くすために行っているのか?「財源確保」のためにやっているのか?と疑問に思う場面が多々ありました。

結果的には、どちらにせよ事業仕訳を行った事で「お金」が生まれる(というか国家内で移動)訳ですが、ここを間違えてしまうと大変なことになってしまうのではないかと杞憂しています。

僕自身の仕訳に対する理解は、先に書いたとおりあくまでも「不要な無駄」をなくすことだと思っています。

無駄自体が不要だろうと思われる方もいると思いますが、中には必要な無駄と言うのもあるんじゃないかと思ったからです。

前回の仕訳で航空宇宙関連や科学・教育関連など、かなり厳しく仕訳されていました。

確かに丸の内の一等地に展示施設があった事を僕自身もその時に知ったのですが、それが無駄なのかと言うと、ちゃんとPRもせずに一般に活用されないままになっていたから無駄な訳で、もっとちゃんと運営していればよかったのではないかと思いましたが、仕訳された理由がそこじゃなく、その場所にあるのが無駄(筑波あたりだったら良いのか?)だというような事も理由の一つでした。

多くの子供たちに、興味を持ってもらい将来を担ってもらおうと思えば、「今すぐには結果が出ない無駄と思える事」にも国として積極的にそのあたりに理解をしめしても良いんじゃないかと思いました。

さまざまな分野で一流の学問を学ぼうと思うと海外に留学するというのが普通で、仕分け中研究機関激しく糾弾していた有名女性議員も大学は海外留学。。そんな他人のブンドシをあてにするような国ではなく、海外に留学せずとも有意義な学問を学べる国を目指すべきなんじゃないかと思いました。

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